音色ごと攫って  … ありす

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好きなところはどこかって?
そりゃおまえ、全部に決まってるだろ。
・・・真面目に答えろって、俺は真剣だぜ。

おまえの全て、愛しくてたまらない。









朝、いつもの通学路を歩いていたら後ろから名前を呼ばれた。
この声・・・。
俺が振り向くと、思った通り。

「土浦くーん!」

パタパタと足音をさせて日野が走ってくる。
長い髪を揺らしながら、重そうなヴァイオリンケースを持って。


「お、おはよ・・・。はあっ・・・」
「おはよ。何だよ、んな息切らして。俺に何か用か?」
「用なんてないよ?土浦くんが歩いてるの見えて、それで」
「おまえなぁ。だったら荷物抱えてまで走ってくることなかったんじゃないか?」

嬉しいくせに、俺はわざと茶化した言い方をする。
息をようやく整えた日野はちょっと拗ねた口調で。

「いいでしょ別に?私が土浦くんと一緒に行きたいだけなんだから」
「・・・悪かったよ、言い過ぎた」
「わかればよろしい。・・・ふふ、行こっか」

日野に笑顔が戻り、俺達は並んで歩き出した。
交差点で信号待ちをしている時、思い出したように日野が。

「土浦くん。もうすぐだよね、誕生日」
「あ・・・?そういえばそうだったな」
「そうだったって・・・。もしかして忘れてたの?」
「特別覚えとくもんでもないだろ」
「そうかな〜。私なら嬉しいけどなあ」

そうか・・・もうすぐだったな、誕生日。
なんてことをぼんやり考えながら信号が変わり再び歩き出す。


「で、それがどうかしたのか」
「ん・・・と、ね。土浦くんにプレゼント用意したの」
「何の」
「もうっ。誕生日のに決まってるでしょ」
「・・・俺に?おまえが?」
「そう!当日夏休みだけど渡したいの。会ってもらえるかな・・・、あ」

やがて正門が見えてきたところで日野が短く声を上げた。

「ごめん梁太郎くん。今の話考えといて?それじゃ先に行くね」
「ああ。じゃあな」
「うん、またね!」

少し先にいた友達を見つけたらしく、日野が駆け寄っていく。

あいつ朝から走ってばっかだな、大丈夫かよ・・・。
って、何だか保護者みたいだな、俺。

それよりさっきの、あれ。
日野が俺の誕生日を知っていたことにちょっと驚いた。
プレゼントの話を思い返してると、自分の顔が緩んでいることに気付いて慌てて引き締める。

・・・ああ、そうだよ、嬉しいんだ。
そりゃそうだろ、日野を好きな俺としては、さ。



「見−たーぞ〜、土浦ぁー」
「うわ!・・・何だ佐々木か」

サッカー部に所属する佐々木は朝練だったらしく、まだ息を弾ませている。
そういや佐々木は日野と同じクラスだったな・・・。

「何だはないだろ〜?つれないなあ」
「部活、頑張ってるんだな」
「ああ。もうすぐ試合近いしな。土浦の方こそコンクールの練習進んでるか?」
「ま、ぼちぼちな」

そんな会話をしていたら。
佐々木が突然話題を変えてきた。


「それより一緒に登校しちゃってさ、仲いーじゃん」
「・・・日野のことか?途中で会っただけで、別に」
「ふーん。でもさ、日野って最近また可愛くなったよな。ヴァイオリンも頑張ってるみたいだし」

変に勘繰られたくなくてワザと素っ気無いフリをした俺が、佐々木の視線の先を追うと。
少し前を歩いている日野に行き当たった。
それが少し気になった、その時。

キーンコーン・・・

「うっわ!予鈴だ、急ごう!」
「あ、ああ・・・」

遅刻はまずいと思い慌てて駆け出した俺たちは、クラスが違うこともあり昇降口で別れた。









「いい・・・天気だな」

放課後になって、俺は練習の息抜きにと屋上に来ていた。
屋上の、さらに階段を上がったところで大きく寝転がる。

綺麗に晴れた空に浮かぶ雲を眺めながら、俺は日野のことを想った。

学内コンクールがきっかけで知り合った日野は。
こっちが見ててハラハラするくらい危なっかしいところがあるけど。
それに振り回されるのが次第に楽しくなって、くるくるよく動く表情をもっと見ていたいと思うようになり。
気が付いた時にはとっくに好きになっていたんだ。

日野を想うとピアノを弾く指も自然に滑らかになる。
弾いていてすごく楽しいし、こんなふうな日がまた来るなんて思ってなかった。
あいつのお陰・・・感謝しないといけないな。



そんなことを考えていると、ヴァイオリンの音が聴こえてきた。
この音色・・・弾き手を見なくてもわかる、日野の音だ。

聞き手を楽しませてくれる、あいつの音はいつだってそうだ。
ずっと奏でていて欲しい・・・そんな気持ちにさせられる。

技術ばかりでは表現出来ない部分をストレートに出すからだろうか。
胸に響かせる音は静かに波紋のように広がっていくんだ。


俺は目を閉じ、満ち足りた気持ちで聴き入っていた。





ところが。
ふいに、音が止んだ。


曲の最後まで弾ききっていないところで。
つっかえたり、納得がいかないと俺も曲の途中で止めることはある。
だか日野の音にそういうものが見当たらなかっただけに気になって。
起き上がって、様子を伺おうと下に目線を配ると。

ヴァイオリンを持った日野と、屋上のドアの前に佐々木がいたんだ。
二人のやりとりが俺のいるところまで聞こえてくる。


「ごめん、練習の邪魔しちゃって」
「ううん平気だよ?それよりどうしたの?」
「ヴァイオリンの音がしてさ、もしかしたら日野かなと思ってきたんだ」

佐々木の嬉しそうな顔を見て、俺はこの時やっと気付いたんだ。
日野を想う、佐々木の気持ちを。


「それよりどうしたの?あ、もしかして私があまりに下手で文句言いに来た、とか?」
「ち、違うって!俺・・・日野の音、すごくいいと思う」
「あ・・・ありがとう」
「音だけじゃない。日野自身も・・・いいなって。好きなんだ、日野のこと」
「佐々木くん・・・」

戸惑う日野の声にかられて、何かが俺を突き動かすんだ。
佐々木には悪いが日野のこと、そう簡単には譲れない。

たとえ、それが友人であっても。




階段を下りる時に靴音が響き渡り。
それに驚いた二人がハッとした様子で俺を振り仰ぐ。
その視線を無視した俺は日野の元に真っ直ぐ向かう。

「土浦くん。いつからそこに・・・?」

それには答えず俺はちょっと笑って、傍に置いてあった日野の荷物を持ち上げる。
驚く佐々木の目の前で、日野の腕を取って引き寄せた。

「土浦!?」
「悪いな。こいつ、もらって行くぜ」
「つ、土浦く・・・ん、ちょっ・・・!?」

日野が何か言いかけるのも構わず、そのまま日野を連れて屋上を出る。
まるで、攫うみたいに。









しばらく行くと俺は足を止めて掴んだままだった日野の腕を離した。
触れていた手からぬくもりが消えていく。
日野を見れば、この状況に困惑した顔をしている。


何、してんだろうな・・・俺。

日野にしてみればこんなワケがわからない行動を取られたんだ。
怒ってるに決まってるよな。


「・・・ごめん」
「土浦くん。どうして・・・?」
「それは・・・」

何から言えばいいのか迷っていると、廊下の向こうから話し声が近付いてくる。
俺は日野を促し、場所を変えて、丁度開いていた練習室に入った。


「驚いちゃった。土浦くんが突然現れたかと思ったら、急に・・・」
「驚かせて悪かった。だけどあのままあそこに居て欲しくなかったんだ」
「あそこって・・・屋上?」
「というより・・・佐々木の傍に、って言ったらわかるか?」
「佐々木くんの?」

そう言っても日野は首を捻るばかり。
苦笑した俺を見て、日野が口を尖らせる。

「あー、何で笑うの?」
「おまえってさ、おせっかいなところあるくせに自分のことになると鈍いんだなって思ってさ」
「私の、こと・・・」

俺は力を得たように強く頷く。
今まで言えずに抱えていた想いを打ち明けた。


「俺はおまえのことが、好きだ」
「・・・土浦くん。本当?」
「ああ・・・。おまえが佐々木を好きだって言っても、簡単に諦めてやらないつもりだけどな」

日野の気持ちに負担を掛けないようにと、後の部分は軽い感じで言ったんだ。
しかしそれがかえって逆効果だったのか。

俯いた日野の瞳から涙が零れていく。


「勝手だよ土浦くん。私のこと鈍いとか言って、土浦くんだってそうじゃない」
「俺?」
「そうだよ。佐々木くんのことが好きだなんて私、一言も言ってないのに・・・勝手にそう決めつけてるみたい」
「日野・・・」
「私が好きなのは土浦くんだよ。すごく、好きなんだよ・・・」

泣き続ける日野のかすれた声を聞いて、俺は手を伸ばしてそっと抱きしめた。
胸に顔を埋めた日野がもたれかかる。

「好きになってくれてありがとな・・・日野」


日野と心通い合ったことが嬉しくて。
練習室の窓から差し込む夕陽が沈んで暗く陰るまで、離れられないでいたんだ・・・。









翌日の放課後、俺は佐々木の元へ足を運んだ。

「来ると思ってた」
「・・・ちょっといいか」

廊下へ呼び出し、昨日のことをまず詫びる。
別段佐々木は怒っている風ではなく、代わりに大きな溜息をついた。

「あーあ。結構マジだったのになー」
「俺も本気なんだ。あいつのこと」
「・・・で、付き合うことになったのか?」
「ああ」
「そっか・・・だったら大事にしてやれよな」
「サンキュ・・・」

佐々木は笑って小さく手をひらひらと振った。


部活へ向かう後ろ姿を見送りながら、俺は渡り廊下から空を見上げた。
太陽を遮る雲ひとつない晴天が広がっている。

「暑いな、今日も・・・」



そうして季節は夏本番を迎え、まもなく夏休みへと突入する。









「お誕生日おめでとう!」
「サンキュー香穂」

7月25日、俺の誕生日である今日、香穂が家にやって来た。

自分の普段生活している部屋に香穂がいることが何だかテレくさい。
それは香穂も同じように感じているらしく、しきりにきょろきょろしている。

「そんなに落ち着かないか、俺の部屋」
「そっ、そんなことないよ!ただ、その・・・」
「別におまえを取って食ったりしないぜ?・・・ま、今のうちはな」
「え?よく聞こえないんだけど」
「いや、こっちの話。それよりコレ、ありがとな。大事にする」

香穂から受け取ったプレゼントに礼を言うと、嬉しそうに笑う。
今みたいな笑顔が好きなんだよな・・・。
何てコトを考えると、香穂がヴァイオリンを取り出した。


「土浦くんのピアノがある防音室で弾かせてもらえるなんてすごく嬉しいな」
「はは、そんな大げさなもんじゃないって。こっちだ、こいよ」

手を差し出してやると、香穂がそっと重ねてくる。
最初の頃はどうにもぎこちなかったんだが、こうして手を繋ぐのも大分慣れてきた。


「わ・・・すごーい」

防音室に入るなり香穂が声を上げる。
俺と共に歩んできたこのピアノを、家族以外に見せるのは香穂が初めてだ。

「ここでいいか?」
「うん。大丈夫。それじゃ・・・弾かせていただきます」

香穂がヴァイオリンを弾き始め、段々と集中していくのがわかる。
俺は傍にあったピアノを演奏する時に腰掛ける椅子に座り、その様子を眺めた。


もうひとつ用意したプレゼントって、このことだったんだな・・・。


目を閉じて、香穂の奏でる音楽に耳を傾ける。
柔らかで・・・あたたかくて、どこまでも心に甘く響く。


香穂の音色を独り占めしていることに、この上ない幸せを感じたのだった。






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土浦くん、お誕生日おめでとう!!


というわけでっ。
皆様こんにちは、NO.フォー!(4)☆ありすです**
緑髪愛好会の中で先陣を切ってBDを迎えた
土浦梁太郎くんへの愛を込めてこの創作を捧げます・・・v

このお話には続きがあります。
大人向けですが・・・(笑)
もしよかったら、そちらも楽しんでいただけると嬉しいです。


最後までお付き合い下さってありがとうございました!!


ありす拝





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