「彼と彼女とカレーライス」     沢希樹里 



「バカ!アンポンタン!アホ麻生っ!!」
「はぁ?ウルせーよ、チビむぎ!」
「うっ、ウルせー?ウルせーって言った!もう・・もう知らないっ!バカ!!!」


そういって、むぎが出て行ったのは彼此1時間前だった。
なんで喧嘩したかって?
聞くなよ・・・それ位くだらない事だったんだ。

部屋に独りきりになって、余りにもくだらなくて、俺はため息ばかりをついていた。

「ったく・・・なにやってんだよ。バカくせぇ。」

むぎはきっと何時ものところに居るんだろうな。
喧嘩するとアイツは何時もそこへ行く。

“さっきはごめん。何時ものところに居るんだろ、何時帰ってくる?”

俺はジーンズのポケットに突っ込んでいた携帯を取り出すと、
手馴れた手つきでアイツに電波をとばした。

そして、何時も2人で一緒に座る2人掛けのソファーに、今は一人でドサリと座った。





(あーあ、またやっちゃったよ・・・。)

少し乱暴に地面を蹴りながら歩いていたら、
ポケットに入れていた携帯がピリリリリっと音を立てて鳴り始めた。

むぎは川風に靡いた髪を片手で抑えると、もう一方で携帯のボタンを操作した。

誰だろう・・・なんて事思わなくたって、メールの送信主は分かっている。

闇雲に追いかけてきた昔の麻生より、少し大人になった彼は、
こうして、無理に追いかけて来ることをせず、
少しずつ、私がどうしたいのか・・・。
今は追いかけてきてほしいのか、それともそっとしていて欲しいのか・・・。
そういうのを考えてくれるようになっていた。

むぎは小さな画面に現れた手紙のマークをポチリと押すと、
短いけれど、彼らしい言葉がそこにはあった。

“さっきはごめん。何時ものところに居るんだろ、何時帰ってくる?”

その本当に彼らしい一文に、ふっと笑みが零れた。

2人きりの生活をし始めてから、色々とあった。
そして、色々語り合い、色々ぶつかり合った。

だからこそ、彼は私をわかろうとしてくれるし、私も彼をわかろうとする。
そんな小さな思いやりの毎日が、私たちの生活にはあった。


私はピピっと先ほどのメールへ返事を書く。

“川風が気持ちがいいの。 もう少しだけ、頭を冷やしたら帰ります。 私もゴメンなさい。”

むぎは、そのままカメラモードにすると、夕日にキラキラと光る川の水面をカシャリと携帯に閉じ込めた。

「送信っと。」

そして、その写真を一緒に閉じ込めた1通のメールを、
再び電波に乗せて、彼の元へ届けた。





先ほどメールを送ったままの体勢で、だらりとソファーに身を預けていた。
ボーッと天井を眺めては、目を閉じて・・・その繰り返し。

そして時々ふぅーっと大きな息を着く。

と、その時だった。

握ったままだった携帯がけたたましく音を立てた。

俺は、指先の感覚だけで携帯を開き、ボタンを押すと、
そのまま天井に向かって腕を突き上げるようにして画面を長めた。

“川風が気持ちがいいの。 もう少しだけ、頭を冷やしたら帰ります。 私もゴメンなさい。”

そこにはむぎらしい言葉と共に、私は此処にいるよと場所を示すかのような、
キラキラとした水面を映し出した写真が添付されていた。

その写真の周りにうつっている建物等から、
麻生はむぎの居場所を特定すると、ちらりと壁にかけてある時計を見ながら、
再び、それに返事をした。

“ワカッタ。暗くなる前に帰って来いよ。待ってる。”

そして、そのメールを送信し終えると、そのまま腕に勢いをつけて、バッとソファーから身を起した。

今から、日が暮れるまで1時間ちょっと。
頭の中で時間の計算をし始めながら、冷蔵庫の中に入っている麦茶を取り出した。

今は当たり前のようになった麦茶。
そういえば、御堂の家に居た時には飲んだことなかったなぁ。
コップに注ぎながらそんなことを考える。

今は、むぎと一緒に生活することが楽しくて、
家柄とか金とか、そんなの全然関係なくて、
俺とむぎと・・・本当に2人で、普通にバイトしながら生活する毎日。

贅沢は出来ないけど、いつか2人でアメリカへ行こうって始めた貯金も、
着実に目標へと向かっている。

コップに注いだ麦茶をグっと飲み干すと、
俺はこの間、むぎと一緒に買ってきた特売たまねぎを野菜籠から取り出した。

アイツが帰ってくるまでに、とびっきりのヤツを作ってやれるように。





暫くボゥっと水面を眺めていた。

“ワカッタ。暗くなる前に帰って来いよ。待ってる。”

麻生君から届いた返事には、待ってるって書いてあって、
待っててくれる人が居るって言う事が、今更ながら凄く嬉しかった。

最近、麻生君と一緒に居ることが楽しくてしょうがない。
手を繋いで一緒に行く激安スーパー。
この間は、チャリンコに2人乗りしてて、パトカーに後ろから怒られたっけ。
こんな歳になって恥ずかしいねって、2人で並んで帰った同じ家。

一緒に潜った布団の中で、アメリカで暮らしたらこんな風かなって語る。
麻生君ってば、ビリヤードでガッツリ稼げるようになったら、ハーレー買うんだって意気込んでた。
それに一緒に乗って、私が行きたいテーマパークに連れてってくれるって。

夢とか、そういうのを一緒に語り合う事が、本当に楽しくて。
そういう麻生君を見ているのが、本当に幸せで。

あぁ、私は一生この人についてっちゃうんだろうなって思わせるんだ。


私は再び携帯に目をやって、時間を確認する。
今から、あのお店に寄ってから帰ったら、丁度日が暮れる頃だ。

そして私は立ち上がって、数回お尻をパンパンと叩くと、
目的地に向かって歩き出した。





俺は準備が終わると、ふと窓の外に目をやると、見事なオレンジと濃紺のグラデーションが空一面に広がっていた。
そろそろ帰ってくる頃か・・・そう思った瞬間、ガチャリと玄関の開く音がする。

俺は、そのまま玄関まで向かうと、そこには小さな箱を手に提げたむぎが照れくさそうに笑っていた。

「お帰り。」
「だたいま。」
「また川原に行ってたんだな。身体冷えてねぇか?」
「もう、麻生君は心配性。今8月だよ?暑い位だってば。」
「そっか。」

むぎの頭の上にポンと置いた手でグリグリと頭を撫でると、むぎが両手で俺の手を掴んだ。
そして、そのまま俺の手で自分の顔を覆うと、静かに喋り始めた。

「今日は、ゴメンネ。下らない事で怒って。」
「いいよ、それより俺の方こそゴメンな。暴言吐いて。」

お互いがお互いに許しを乞う。
そして、それを許しあうかのように、俺達はそのままキスをした。
玄関先での懺悔のキスは、思いの外深くなってしまって、俺は勢いに任せて、そのままむぎを抱き上げた。

「ちょ、麻生君っ!!」
「なに。」
「なんで、私お姫様抱っこ?」
「さぁ、何でかね。」
「ほっ、ほら!この匂いカレーでしょ!」
「ご名答。」
「カレー、作ってくれたんでしょ!?食べなくちゃ。」

「大丈夫だって。カレーは煮込みが大事だぜ?」

そして、小さくキスをしながらお姫様の手から小さな箱を奪うと、
そのままそれを冷蔵庫に入れて、リビングのソファーへ彼女を下ろす。


俺にとっての最高のスパイス。

それは、やっぱり。

目の前に居るたった一人の俺の恋人。


「好きだぜ、むぎ。」


そして再び交わされる深く熱いキスに、
頭の芯がビリビリと痺れて、


俺は彼女の中に溺れていった。









「バカ!アンポンタン!アホ麻生っ!!」
「バッお前、なにが気にくわねーんだよっ!」
「はっ?それもわからないの?信じられないっ!!!」


ムキーと顔を赤らめ目の前の恋人が再び怒る。
あれから俺達は、十二分に愛し合った後、一緒に食卓についた。
なんたって、今日は俺の誕生日だったんだから。

むぎが買って来てくれた小さなタルトのケーキに蝋燭を立て、
何故か一緒に蝋燭を吹き消して・・・そこまでは良かった。

本当であれば、むぎが夕飯を作る予定だったんだけど、
喧嘩勃発で変わりに俺が特製カレーを作ってやったのに・・・・。


「ど!う!し!て!!!! カレーにイナゴを入れるの、君はっ!!!」
「は?なにがイケねーんだよ!」
「ありえないでしょ、カレーにイナゴ、ありえないでしょ!!!」
「ふざけんなよ、シャカシャカしててウメーじゃねーか!」

「ありえない!カレーからイナゴの足が出てるの絶対に反対っ!断固反対!!!フザケルナー!!!」


それからと言うもの、俺のイナゴカレーは封印され、
ネットのお気に入りに登録していた、イナゴの仕入先もいつの間にか消去されていた。

俺的には、十分にファンタスティックな味なんだけどな・・・・。


しょうがないから、
名誉挽回の為に、今度は上手いナマコカレーをアイツに作ってやろうと心に誓った。



羽倉麻生18歳の誕生日の出来事であった。


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